新車の罠──「10日目のノア」が教えてくれた“知識という武器”

新車だからきれい。
多くの方が、そう信じています。
納車されたばかりの車を見て、「ピカピカだ」と感じるのは自然なことです。
しかし、10月某日。トヨタ・ノアのオーナー様からコーティングのご依頼をいただいた際、
私たちは改めて「新車の罠」という言葉の重さを思い知らされました。


■ 新車でも“鉄粉”は容赦なく降り注ぐ

まずは施工前のボディ状態。
ぱっと見た限り、誰が見てもきれいです。
納車後10日しか経っていません。

洗車キズもなく、塗装表面はツルツル。
けれど、専用ライトを当て、ボディを手でなぞると――
指先に、ザラッとした感触がありました。

「まさか、もう鉄粉が?」

反応剤を吹きかけて数十秒。
写真②の通り、ボディ全体が紫に染まり始めました。
これは、鉄粉が薬剤に反応して溶け出している証拠です。
つまり、目に見えないレベルで無数の金属粒子が塗装に突き刺さっていたのです。


■ なぜ新車に鉄粉がつくのか?

多くの方が疑問に思う点です。
「納車されたばかりなのに、なぜ?」
答えはとてもシンプルで、新車だからこそ鉄粉がつく環境にあるからです。

車は生まれてすぐに店頭に並ぶわけではありません。
製造→輸送→保管→陸送→納車整備という流れの中で、
そのほとんどの時間を屋外で過ごしています。

トラックや貨物列車で運ばれる際、鉄粉を含むブレーキダストが車体に降りかかります。
港や物流拠点では、風に乗って金属粉が飛来する。
さらに、納車整備中の洗車機やブラシによる微細な擦れ。
これらすべてが重なり、新車の塗装は知らぬ間に目に見えないダメージを受けているのです。


■ “そのままコーティング”という危険な選択

ここで重要なのが、コーティングを行う順序です。
もし鉄粉を除去せずにそのままコーティングをかけると、
鉄粉を塗装とガラス皮膜の間に閉じ込めてしまう。

見た目は美しく仕上がります。
しかし内部では、鉄粉がわずかに錆び、
時間の経過とともに茶色い点として浮かび上がってくるのです。
これを「錆のブリード」と呼びます。

一度コーティングで覆ってしまうと、
上から鉄粉除去剤を使っても反応しません。
つまり、「見えないまま進行していくサビ」を抱えた状態になるのです。

そして残念ながら、他店ではこれをやってしまっているケースが多い。
「新車だから大丈夫」「時間がもったいない」
そう思って鉄粉処理を省く施工店がまだまだ存在します。
でも、それは仕上がりの見た目だけを追った“作業”であって、“施工”ではありません。


■ 私たちが“鉄粉除去”を絶対に外さない理由

当店では、どんな車であっても、
必ず「鉄粉除去→洗浄→脱脂→コーティング」という順序を守ります。
これは手間の問題ではなく、信頼の問題だからです。

鉄粉を落とすというのは、ただの下準備ではありません。
塗装の肌を整える、いわば**“研磨の第一歩”**。
この段階でどれだけ丁寧に下地を仕上げられるかで、
その後のコーティングの定着・艶・耐久性がすべて変わってきます。

実際、今回のノアも、
鉄粉除去を終えた時点で艶の深みがまるで別物になっていました。
オーナー様からも「まるで鏡みたいですね」と言っていただけたほどです。


■ 知識が“差”をつくる

同じポリッシャーを使い、同じ溶剤を使っても、
結果に差が出るのは知識の差手の差です。

「新車だから大丈夫」
「このくらいなら見えないからいい」
そういった思い込みを排除できるかどうか。
私たちは常に、**“知らないことを恐れる”**姿勢で現場に立っています。

今回のような事例を通して、
お客様にも「知識こそが力になる」ことを伝えたい。
車を預けるお店を選ぶ際、
「何を使っているか」よりも「何を大事にしているか」を
ぜひ見ていただきたいのです。


■ 仕上がりに宿る“透明な説得力”

写真③をご覧いただくと、
研磨を行っていないにもかかわらず、塗装面が深く、透明に仕上がっているのが分かります。
これは、鉄粉や汚染物質が完全に取り除かれた“素の塗装”に、
正しくコーティングが定着した証拠です。

見た目の派手さではなく、
一枚の塗装面が「息をしているように光る」。
その違いを理解してもらえることが、
私たちにとって何よりの喜びです。


■ 知識は「道具」ではなく「責任」

“知識は力だ”という言葉は有名ですが、
この仕事においては**「責任」**でもあります。
知らなかったでは済まされない。
たとえお客様に見えなくても、
間違った判断一つで、数年後の塗装状態が変わる。

だからこそ、知識を得ることは「自分を守るため」ではなく、
お客様の未来の車を守るために必要なのです。

鉄粉除去、脱脂、温度管理、施工角度、照明条件──
一つひとつの工程に、学んだ知識と経験を込めています。
それは誰かに褒めてもらうためではなく、
**“見えないところの正確さが、本物をつくる”**と信じているから。


■ 終わりに──「見えないものを信じる」

今回のノアの施工を終えて、
私自身が改めて感じたのは、**「見えない努力こそが信頼になる」**ということでした。
鉄粉も、研磨の深さも、コーティングの層も、
目では見えません。
それでも、お客様は結果でそれを感じ取ってくれます。

「見えないものをどこまで信じられるか」
そこに、職人としての真価が問われる。
だからこそ私たちは、今日も目に見えない部分を磨き続けます。

新車という言葉に安心せず、
“知っている人間”として、守るべき一台を丁寧に仕上げていく。
その積み重ねこそが、何よりの広告であり、信用です。

知識は、力になる。
そしてその力を、お客様の「安心」に変えるのが、私たちの仕事です。